”焔さへ恐れぬ獣ら 何処より出で来て……”



伝承の一節は魔物たちを指していると信じて疑わなかったが

本当は自分達の――人間の事ではないのか?


美しい王都で、荒れ果てた農村で、

殺戮と略奪の限りを尽くしているのはどちらも同じ。



人間と見れば襲い掛かる血に飢えた獣達と

異形を魔と認め何の躊躇いもなく斬りかかる僕の

一体どこが違うと言うのだろう?



少年は、昇る朝日に目を細めた。


(眩しい……)




「灯が眩しいのは何故か?」


【果ての塔】で邂逅した預言者の深い眼差しがこちらを見据え、

彼は心の内で答える――


(……闇に包まれているから)


「聖なる剣とあの獣らは正(まさ)しくその様な関係なのだ。

 極に位置し、隔たり故に最も近しく、分かち難い」




(ヨールの民が光の杖と称え

老ドワーフ達がヴーリンの牙と呼ぶ

この剣)



(この剣を持つとき)




(賢者を信ずる者たちが永遠の蝋燭と尊び

痩せた少女がザンナの呪いの首飾りに似ている、と言った

この剣)




(この剣を持つとき、僕も魔物なんだ)



彼はふと、数えきれないほどの、自らが絶命させてきた獣の群れを思い起こし、そして、気付いた。



硬い鱗に覆われていも、蝙蝠めいた羽を持ってはいても、

ひろい額や肩、踝――それらの形に人間のそれと似ていないものはなかった。

たった今聖剣で貫いた魔物の何かを掴むように宙に伸ばされた手、

それはヴェクタス、あの夕暮れの荒野で彼に水をせがんだ男のものと見紛うばかりであった。



(ああ―――――!)



少年は声にならない声で叫んだ。

声はかれを内側から雷の如く激しく引き裂いた。



人間と見れば襲い掛かる血に飢えた獣達と

異形を魔と認め何の躊躇いもなく斬りかかる僕の、

一体どこが違うと言うのだろう?



(一体どこが……)






(――流れる血が赤か黒か、ただそれだけだ)





目を閉じると瞼の裏さえ眩しく

光の中で剣は一点の闇を凝縮したように重く、

(そう、聖なる剣をこんなにも重いと感じたことはなかったのだ)


世界が裏返しになったような感覚を覚え、かれは剣を持つ左手をだらりと下した。




(預言者よ)



(この頼りない蝋燭が照らすには

闇はあまりに暗く、深い)






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