庭の小さな花々はめちゃくちゃに踏み荒らされていた。 

確かに昼間見たはずなのに、昨日も見たはずなのに 

その花が何色だったのかどうしても思い出せない。 



混乱した頭を支えながら、少年は納屋を離れ、ふらふらとさまよい出た。 

かれの家の前では、祭りの日のように輪を描いて松明が灯され

木々と屋根とを橙に照らしていた。中央にはたくましい父の姿がある。


(そうだ、収穫祭が始まったんだ)


かれは急に空腹を覚えた。

先刻何を見たかも忘れ、微笑みさえ浮かべて村人達の輪に駆け寄ろうとした。


それは少年にとって、あまりに見慣れた場所、見慣れた光景だった。

樵を取り囲む異様なかたちの影を、一瞬見落としてしまうほどに……





「父さん! こいつら村に火を放つ気なんだ! 

早くみんなをイェルナンの丘へ――森には入らせないで!」


ブロッホスは見慣れない剣に目を留め、髭面をしかめたが、短く言った。


「ここは俺達が守る。お前は逃げるんだ」 


(逃げる? 村のみんなを置いて?)

少年はすこし笑った。

一人前の男がどういうものか、こんな時どうするべきか 

彼に幼い頃から繰り返し言い聞かせたのは、他ならぬこの父だった。 


「僕に任せて。僕は英雄なんだから」 


隣家の屋根に炎があがる。囲いに殺到した羊達が痛ましい鳴き声を上げる。 

次第に激しくなっていく喧噪のなかで、この投げやりな台詞が 

樵の耳に届いたかどうかは疑わしい。 


父の太い腕を振り解き、剣を構えると、少年は恐怖を忘れた。

にじりよる獣らの狂気に輝く目よりも、じりじりと肌を焼く松明よりも眩しいこの剣は

濃密な夜の空気さえ切り取れるような気がした。