邪竜の住処は見つからなかった。人々にお伽話を信じる余裕は無かった。
王都では一時止んだ隣国との戦争を再開する動きをみせ、いずれの街や村も飢饉に近い荒れようだった。

魔物の爪痕と見分けがつかない、人が刻み付けた生々しい傷跡に自然の厳しさに、大地は干からびた血で染まっていた。


照らす太陽さえ奪われたかのような暗黒の世界で、少年を出迎えるのは何処でも落胆だった。
彼は何時でも、栄光に輝く道ではなくあの夜から続く悪夢を独り歩き続けていた。

少年自身が果てない荒野に彷徨い、決して満たされない渇きの中で蠢いている一匹の獣だった。


(くそ、この汗をかき集めて飲めさえできれば)

独り言ちて唾を吐き、それさえも惜しいと、そして今までそんな事を決してしなかった自らを省み、さらに恥じた。

街の片隅、うらぶれた酒場に転がり込み酔いどれに紛れ、正気を失うまでブリュ酒を煽る事も、
剣を投げ捨て崖に身を投じることも――逃げる事さえ彼には許されていなかった。

真白き剣も外套も余りに重い称号を、緑石の首飾りは首を絞め、ドワーフ小人から贈られた小手は枷そのものに感じられた。


(なのに)

(な ぜ、 こんなにも 軽 い ……)


鎖に引きずられた獣が行く先々で見たものは、見たくないものばかりだった。
あのヨールの優しい歌は、恋人の甘く薫る髪は柔らかい肌は、記憶の中にすらもう探せなかった。


彼は全てを憎んだ。
視えない何かを睨(ね)めつけ、世界に対して怒りを投げつけ運命に向け呪いを浴びせる自分の中に、
【 魔 】は確かに巣くい出した……




「可哀想に、空腹のあまりおかしくなってしまったんだわ」

洗濯水を探して歩く女達は、虚ろな目をし痩せ細った少年を見て涙ぐんだ。


「見て、あの剣。鞘も忘れてしまっているのよ……」



小さな呟きに振り返って彼はこう答える。






「僕は鞘を探しているんです。この魔物を封じる檻を」