「賢者にお会いして、力を貸して貰えるよう頼んでみます。
僕も出来るだけの事はしてきました。
けれど、剣だけでは皆を救えない!」
『皆』には人間だけでなく、魔物と呼ばれる存在、それ以外も含まれていることに、彼は気付いていた。
それは切実な叫びだった。
名ばかりの無力な自分と、眺めているだけの賢者への嘆きだった。
金竜は黙したまま、探るように彼を見つめた。
悔しさのあまり滲んだ少年の涙が首飾りに落ち――ヨールが授けた石が眩い輝きを放った。
緑色の閃光が彼の胸元から竜の額の石に真っすぐに伸びていき――
深く、くぐもった呪文のような声が何処からか響いてきた。
『 呪われし弧竜よ、人々の涙で地を潤すを所望するか?
然りとて、魔人の黒き血を雨と降らせば
この世は黄昏から全き闇へと時を遷すであろう 』
「樫の守り人が唯の人間をして人々とは。凍てついた時も確かに流れていたと見ゆる。」
『 眠りを忘れた金竜よ、我らの風がそなたの焔を煽ろう
定められし聖刻とは今其の時 』
「……賢人の庵は今何処に?」
『 イニシュ・ファウラより北に飛び立ち、竜の翼、三度翻せば…… 』
ヨールの預言者の声が遠のくにつれ、石の光も薄れていった。
それを最期まで見届け、少しの間を置いてから、金竜は再び少年に尋ねた。
「幼子よ。神にも等しき賢人に背くと知り、尚、混沌の海に沈みゆく太陽を留むるを望むか。」
先刻までとは違う炎が揺らめく巨大な瞳をまっすぐに見つめ返したまま、もう何も恐れずに、少年は力強く頷いた。
「汝等、人の子が伝説を語り継ぎ、やがて忘れ行く時は
竜族には束の間の午睡と過ぎ行く。
然れど我には長すぎた。
はや倦怠の他に侍らせる友は亡し。
良かろう、我、汝の翼なるべし。」
「ありがとう――感謝します。古からの王よ。」
「礼には及ばぬ。呪われたこの身は老いる程に縮みゆくのみ。
今やお主を乗せるのに最善の時。」
長い長い時を経て、竜が微かに笑ったように見えた。
少年は跪き、恭しく尋ねた。
「貴方のお名前は。」
「エブラーンと。是はかつて汝が相見えし女神の名なり。」