小石のような芋が転がる痩せた土地を踏みしめ、少年は遠い故郷を思った。


自分が育ったあの村は幻だったろうか?

豊かな森、冷たい小川――ここには一本の果樹もない。
物心ついたころから家畜の世話や畑仕事に明け暮れ、樵としても土に親しんだ彼には、

書物から学ばずとも作物の実りや気候、樹々について一目見、歩くだけで肌で感じる確かなものがあった。



(ひどい土地だ。魔物が現れてからここまで荒れたのではない)




と、ごろりと何か苔色の固まりが、道ともつかぬ道の行く手を阻む。


それはすぐ両手をつき立ち上がり彼に向き直った。
無意識に硬くなった体を緩めて息を吐き出しながら、少年は幼な子に声をかけた。



「こんな所にひとりで? 家はどこ、家族は?」

少女は俯いたまま、乾いた唇を唾で少し湿らせてから、口を開いた。


「父さまがね、死んだの。」



「もし、施しをくれるなら、今すぐお腹に詰め込める物にして」

少女は無駄な言葉は話さなかった。目ばかりが野良猫のように光っていた。


みすぼらしい若者が幾らかの食料を手渡すと少女はぎこちなく微笑み、名前を教えてくれた。
乾いた風が冷たくなり、二人は汚れた外套を首元に寄せ集めた。



「綺麗な剣……」


荒廃した大地には目を愉しませる物もなく、自然に少女――モーラの目は剣に留まった。

どんな鞘にも収まらず、決して錆びることのない《それ》は色褪せた世界でただ一つ、燦々と光り輝いていた。


「見た目はね。これでどれだけ魔物を斬ったか覚えていないくらいだ」


嗄れ声でそう呟いた後、少年の目が奇妙に見開かれた。 

剣は、錆びと欠けで駄目になるどころか、魔物を屠るほど輝きを増しているような気がした。



「魔物?……父さまと母さまを襲ったけもの達のこと?」

モーラはやけに大人びた口調で言った。



「魔物が憎い?」

(僕が憎い?)



「別に。あれに殺されなくてもきっと長生きはしなかったわ。

アスローンとの戦争のせいで家はずっと貧乏になって、今じゃろくに食べものもないんだから。

兄さんも兵隊になって人を殺すよりは、都まで出て魔獣の討伐隊に入りたいと言ってた。」


痩せこけた犬が、物欲しそうにこちらを見つめている。 少年は食べ残しの固いパンを放り投げた。


「本当にきれい、全部が宝石みたい。」


モーラの無邪気さにつられ、少年も知らず笑みを浮かべた。

それで初めて、隣に腰かけた男が自分と十も変わらない若者なのだと、僅かばかり腹朽ちた少女はやっと気付いたのだった。


彼の後ろ姿はまるで杖にすがって歩く老人のように見えたのだ。



「……僕もそう思ってたよ。これはきっと誰かが隠した宝物だと。

剣を抜いて村に戻れば、皆僕を尊敬し、一人前と認めてくれるって……」


「なんだかそれって、この辺の古い言い伝えと似てる。《愚かなザンナ》ってお話。」



――ザンナは、ヨール人だけが作れるという黄金の首飾りをもらいに森へ行ったの。

村の人達が出入りを禁じていた森に。

だけど本当はヨールのふりをした悪いカイリャハだった。

みんなに見せびらかしたくていつも首飾りを外さなかったザンナは、

首飾りに魂を吸い取られて あっというまに老婆になってしまった。


そして村にはザンナそっくりの女が現れて 結婚を約束していた男さえも奪われてしまうのよ――




「僕はザンナだ」





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