(しまった。囲まれた――)
彼はすばやく戦略を練ろうとしたが、起き抜けの頭がうまく働かない。
あれから二時間は眠っただろうか?
ウェニの木に身を隠したまま耳を澄ます。
(一、二……十はいないだろう)
足音から、少なくとも四、五匹近づいてくるのが分かった。術を操る魔物の気配はないが、この体ではとても無理だ。
自分の迂闊さを責める暇もなく、幾ばくかの眠りの後も疲れきった身体を剣に引っ張られ彼は立ち上がった。
それは何時でも、不思議と重く感じることはなかった。
(もう、どうにでもなれ)
彼は地面を蹴り、魔物の群れ目がけて飛び出した。
「これ――落ち着きなされ!
かような形【なり】をしておっても、儂らは――人間たちの言う魔物ではないのじゃ。」
低い、かすれた声だった。
「何だって?」
隙をついて一人が少年の腕に飛び掛ってきた。
その軽さ、小ささに面食らった彼は敵を振り払うことも忘れた。
「おお、これが……素晴らしい名剣じゃ。」
彼の膝の辺りから何本か無骨な手が伸び、おずおずと剣の刀身を撫でる。
その途端、少年の緊張が解けた。
魔物ならこんな風に聖剣に触れる事はできない。
少なくともこの奇妙な生き物たちは敵ではない……。
少年の安堵を、変化を見て取ったのか、四方八方からドワーフ小人が現れた。
身丈ほどもある彼の手にした剣を前に、感嘆の声が上がる。
「おれ達の言葉にこの美しさを表す単語があるか?
今ばかりはあの忌々しいヨールどもの舌を借りたいわい。」
土と同化したようなかれらの顔に浮かぶ、うっとりと夢見るような表情。
少年は意表をつかれ、剣の柄を握る左手を緩めた。
「欲しいなら、あげるよ。」
ドワーフ小人達は丸い目をさらに丸くした。
名を変え容を変え、大陸中で謳われる英雄の遺産を、この若者は要らないと言う。
それも、まるで無理やりに勧められたドロナック酒を辞退するかのような口ぶりで!
実際かれらの衝撃は戦慄に近いものだった。
「なんと! きちがい沙汰じゃ、この輝きが銅貨にも劣るとでも、い、い、言うのかね。」
最初に話しかけてきた思慮深そうな老ドワーフでさえ、今や剣の虜と化している。
「さても人間とは可笑しなもの、これほどの至宝にも心動かされぬとは!
私なら竜と同じ重さの黄金を積んでも、否、バルミニック石の杯と引き換えにでも――」
小人たちが何やらこそこそと談笑を始めると、木の陰で何かが動いた。
一瞬身体を強張らせてから、それが騒ぎに驚いた数匹の野兎と知ると、彼はふと、考え込んだ。
いつの間にか、慣れ親しんだ動物たちの足音や鳥の羽音にさえ魔物の影を見、怯える自分がいた。
世界はなんと変わってしまったのだろう?
あの平和な暮らしはどこに行ったのだろう?
(僕が変えてしまった世界――)
額に手を当て、彼は短い嗚咽を漏らしたが、それを取り消すかのように即座に頭を振った。
「この剣を手に入れられるなら何でもする。僕もそう思っていた……でも、もういいんだ。」
英雄になるという事がどんなものか、彼は気付き始めていた。
老ドワーフは聡く、少年の想いが雲のように故郷の景色にかかる前に、口早に言った。
「英雄の剣は、わしらの鎚で鍛えて初めて完全となる。
あの鼻持ちならない森の民どもから伝え聞くより早く、
わしらは大地の貌つきが変わったのを知っておった。
――ヴーリンの牙を抜いた者よ、おぬしをずっと待っておったのじゃ。」