奇妙な森だった。
これほど静かな場所は夢の中にさえ見た事もなく、
産まれた村のほかをほぼ知らぬ少年が《彼の世》と思い違いをしても無理もなかった。
どのくらい彷徨い歩いただろうか。
幻日のように霞がかった森の中では、時の流れさえ計ることができない。
何かせせらぎのような音がし、彼を目醒めさせたあの歌がまた、聴こえた。
声の方へと歩みを進めると小川があり、その向こう岸に、ひどく細身の女性が立っていた。
奪われた恋人と似ているようでまるで似ていない彼女が歌を止め少年に振り返ると、何千もの梢、何万もの葉が一斉に彼を見た。
(森の精?――いや、あれは、)
(緑の民。ヨール人だ!本当にいたのか)
「揺りかごを失った若き英雄に」
ヨールの民は澄み切った川の水を汲むと、少年に差し出した。
華奢な銀細工に縁取られた杯に揺らめく光は、確信めいた錯覚を呼び起こしその揺蕩う網で彼を捕らえた。
「あなたは全てを知っているんですね。この剣のことも、僕の村の事も」
女の深碧の目が曇り、微風だけが応える。
「緑の民よ、教えてください。
あいつらは何なんですか。どこから来たんですか?何をしに?」
「見たこともない不気味な獣――あれは一体?
家畜を殺して畑を荒らして、奴らのせいで皆死んだんだ!
なぜ? 何のために?」
矢継ぎ早の彼の問いには短い棘があった。
森を包む神聖さや女の現実離れした美しさ、眩しすぎる朝の光、
全てが悲しかった。
「さあ、お飲みなさい」
緑の民は何も答えず再び杯を受け取るよう促した。
もう言葉を発する力はなく、少年はうなだれ、言われるままに新緑を映す水を飲み干した。
喉の渇きと苛立ちは不思議なほど静まった。
「風の伝える物語に終わりがあるのかどうか、いいえ、その始まりさえ
私達には知ることは出来ない――けれど貴方の名前は聞こえてきたわ、……」
少年は打たれたようにヨールの女を見た。