人里遠く、秘められた洞窟に一歩足を踏み入れると、彼は何故か泥炭が燻す煙を思い出した。

懐かしい匂い。奥へと進むと、橙の光が岩肌を照らしているのが分かった。

(炎?……違う。まるで、金のような色だ)

山賊達の隠し財宝だろうかと、彼は訝った。



(ドラゴン―――!)


畏怖が体中を駆け抜け、圧倒的な存在感に押し潰されそうになる。

少年が思い描いていたよりもずっと竜は小さかったにも関わらず、その場から逃げないように自分を叱咤するのがやっとだった。


鋼を張り合わせたような鱗が規則正しく上下するたび、しゅうしゅうと熱い蒸気が広がり辺りを湿らせた。


「其は風の石……人間が?」


胡乱げに竜が頭を擡げると、金色の双眸とその間にもうひとつ光るものが――額に赤い石が埋っているのが見えた。


「我はお主の同族にとうに牙を抜かれ、毒も炎も吐かぬ。

 老いたる竜一匹懲らすとて、然したる栄誉が得られるとも思えぬが」


竜は人語を巧みに操った。その声は洞窟に殷々と響いた。



金竜の放つ暖かな光に照らされていると、次第に少年の警戒心は微睡むように熔けていった。

まるで、懐かしい養祖母の家の炉端で、幼なじみと取り留めのない会話をしているような気さえした。



……そう、二人は村祭りの衣装を縫っている、

リンドは「一年で14ファネスも背が伸びるなんて、アヴァディンの樹じゃないんだから」と

ぶつぶつ言いながらも裾直しをしてくれて……アヌク婆ちゃんはすぐ側で笑いながら、

リンドのドレスに彼女の好きな花模様を縫い付けている。

似合うだろうな。

父さんとニルセには悪いけど最初に踊るのは僕だ。

ああ、僕が劇で演じる英雄じゃなくて、本物の英雄だったらどんなにいいか。

光り輝く鎧を着て、伝説の剣を持って――



( 剣 )


彼が左手をびくっと震わせると、目の前に宝石があった。

その燃えるような赤い色のほかは、ヨールが少年に授けた石とよく似ていた。


(ああ、そうか)


今のはこの不思議な竜が見せた懐かしい幻影だったのかもしれない。

彼は柄を握る手を緩めた。




「この剣は……本当に聖剣なのでしょうか」


少年はおずおずと口を開いた。


「斬っても斬っても刃こぼれしないし、錆びないし――」


竜は無言のまま、巨木の幹さながらの尾を揺らし、話の続きを促した。





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