少年が竜の背から賢人の庵に降り立った瞬間、〈その人〉は手にした杖で二回、コツコツと足元を叩いた。
歓迎の意味か威嚇なのか読み取れない外貌。古めかしいローブから覗く腕は今にも折れそうだった。


かの偉大なる【賢者】は弱々しく賤しくさえ見え、萎びた黄土のような肌をしていた。
流れる水に喩えられた筈の長髪も洗濯女たちの髪程の艶やかさも無く、

彼が――いや、恐らく大陸の人々全てが――思い描いた姿とまるで違っていた。


それでも尚、大賢者を讃える聖堂の大理石よりも滑らかで重々しい王座に凭れる本人の佇まいには抗えぬ威厳があった。

少年は王都で学んだ作法に習い跪き、頭を垂れた。

「偉大なる賢者よ、お願いがあって参りました。」


「人間共を救ってくれと言うのだな。」


「……あの哀れな獣たちもです。」


賢人の眉間に更に深い溝が刻まれた。


「彼らは僕らの一部です。どちらか一方のみが救われることはありません。

元の世界に帰さなければ……この剣が鍵になるのは分かっています。」



何処まで識っているかを量ろうとする賢者の視線が、蛇のように少年の身体を這った。