《海より産まれ 地に生き 空に憧れるものたち……》


ヨールの森で聴いた歌が、飢えと渇きで何もかもが不確かな脳裏に不意に鮮やかに蘇った。

冬の朝のように透き通った声。緑の民と呼ばれる古の精霊族が人間を謳った歌だった。


(そうだ。僕はただの人間だ。何の力も無い。たった一人で何が出来るというんだ!)




鳥が飛び立つ度、魔物ではないかと怯えた。

柄を握る手に冷たい汗が流れた。

地を這う長い影が、逃れられない呪縛に見えた。

心の安まる時など無かった。




(ため息は、空へ昇るのか。地に落ちるのか。

――それとも、ただ、消えていくのか?)





両足が鉛のように重かった。


黒い翼でも、欲しかった。





(……!)


簡素な墓も無き骸の山に動くものがある。疫病のため王都から離れたここに打ち捨てられたのだろう。
少年埃塗れの外套で口を覆いながらも激しく目を瞬いた。

(魔物じゃない、人だ。まだ生きている!)


彼は駆け出し、折り重なる屍をかき分け震える手を取った。

必死に呼びかけると、齢も判別できない男は水が欲しいとだけ繰り返す。

雨が絶えて久しいこの地では涸れ井戸以外を探すのも難しく、

少年の飲み水を入れる革袋すら今日は乾ききっていた。


「水、水だね――待って、ああ、きっとどこかに……」

ありもしない川、井戸を懸命に探そうとする間にも男は声を失い、彼の手を握り返す力も弱くなっていく。


「しっかり!まだ……まだ駄目だ!」


男の瞳に浮かんでいたおぼろな光は徐々に薄れていき……やがて夕焼けを映す空虚な鏡となった。




少年は為す術もなく膝を折り、ただそれを、命の火が消える瞬間を、

何者でもないものに無残に奪われていくのを見ていた。




見ていることしか出来なかった。






「これが黄昏――妖精達の住む国?」



嘘だ! 嘘だ!  辺り一面、血の色に染めやがって!」 


彼は狂ったように叫び、剣を振り回した。

吐いたため息など消える前に自分の手で打ち砕いてしまいたかった。




「賢者、いるのなら雨を降らせてくれ! この血の色を洗い流してくれ!」



枯れた喉で、ひび割れた唇で力の限り叫び、少年は土埃のなかに倒れ込んだ。














降った雨は一滴だけ、それもいやに早く地面に吸い込まれていった。















ヨールの歌の続きを かれは知っていただろうか










海より産まれ 地に生き 空に憧れるものたち……


脆き弦とは裏腹に 雄々しく羽ばたくその調べ


人の子よ おまえの歌には翼がある







Continued -flame-