白い肌。長い髪。



見慣れたほっそりとした輪郭が、月明かりを浴びたように、闇に仄かに浮かび上がった。 




(……リンディス。そうだ、僕のリンド) 



呟いた恋人の名前は、呪文のように凍てついた記憶を蘇らせた。 


夏の火祭りは一緒に行こうと約束したこと、 

実ったばかりの苺を摘みながらどこまでも草むらを歩いたこと、 

ウェズランの迷子の羊を探したあの日の帰り道、 

彼女の自慢の髪に花を飾ってやったこと…… 




(ああ、あの花は薄い紫色だ。思い出した) 



少年は花を踏みにじる獣を睨み、湧き上がる怒りに身を任せ飛び出していた。

次の瞬間、噴きだした血が辺りをさらに黒く塗りつぶした。 

その手際の鮮やかさに驚いたのか、背後で父が息を飲むのが分かった。 

鼻を突く腐臭があたりに広がる。

魔物らは人間のそれとも似た憎悪を燃やし、じりじりと間合いを狭めてくる。 



剣にべとつく血を拭う必要はなかった。

それは瞬く間に、刃から放たれる強い輝きにより洗い払われた。 

かれは言葉なくうなだれた。 



……伝説の剣を手に入れた、その事に何の意味があるのだろう? 

誰よりも見せたかった彼女は、もういないのだ。何処にも。 

この夜は永遠に明けないように感じられた。 



飢えた怪物の群に少年が一歩踏み出したその時、父から発せられた言葉―― 



「お前は生き延びるんだ。行け。英雄は一人しかいない」 





――それは、聖剣を持つ者への第一の神託であった。 







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