「この剣は魔物を屠るほどに研ぎ澄まされていく。僕を殺戮へと駆り立てます。
何度も折ろうとしました。でも、駄目でした。
もう一本、これと同じ剣があれば、もしかしたら……」
「面白き事を言う。剣の破壊を望むか、人の子よ?
我の吐く焔でも焼き尽くせないものを」
最期の望みを絶たれたかと、少年の視界が一瞬狭くなった。
世界で一番熱いと伝えられるドラゴンの火炎でも太刀打ちできないものを、一体誰が破壊できるというのか?
それでも、彼は諦めきれなかった。
(なぜだろう)
忌まわしくも身体の一部と化した左手にしがみつく頼りない松明の感触を確かめ、少年の額がぴくりと疼いた。
(……ずっと《これ》を棄てて、何もかもから逃げてしまいたかったのに。どんなにか――)
疲労と渇きと喉を埋めるような耐え難い孤独の中で幾度黙想しても知り得なかったが、
ここまで彼を引きずってきた、彼が引きずってきた錆びた重い絶望こそが、何よりも少年を照らし導く希望だった。
それは決して輝かしい光などではなかった。
しかし振り返ると惑い踠きながら付けてきた長い足跡が、軋む運命の輪が刻んだ大きな轍が、
そのまま反転されたかのように、彼自身の歩みを後押しして止まない道を敷いてきたのだった。
「それでは……それでは、僕を【宿命の崖】へ連れていって下さい。
崖に立ちこめている低い雲の上には、今も古の大賢者が住まうと聞きます」
「賢人は、汝等にとり今や神にも等しい存在ではないのか」
「一部の人々の間では、そうです。イーヴナスで彼を知らぬ者はいません。
こんな詩歌もあります……
《揺れる宝玉は太陽に 纏いし衣は綿雲に
靡く髪は流れ 青い命の源に》」
小さな声で詠うと、彼は震えた。
「……たった一房の髪でも、あの哀れな親子に与えていたら。
ひどい日照りのために畑は荒れ、今では豆すらも十分には採れません。
栄華を誇った王都でさえ、略奪が起きない日は無いほどです――」
言葉を切ってかれは、初めて、頭で心で駆け巡っていた想いを吐き出した。
それこそが、どれほど荒野を直走っても木の陰に身を潜めても撒くことの出来ない、
聖剣で切り捨てる事さえ出来ない唯一の魔獣だった。
「奴らが、魔物が現れる前は……世界は平和で、美しいものだと思っていました。
イーヴナス――『喜びの地』と呼ばれるに相応しいと。
少なくとも僕の育った村ではそうでした。
でも――それ以前も人々は餓(かつ)え、病に苦しみ、いつ終わるとも知れない戦いに怯えていた!
何故です、なぜなんだ。僕にはわからない!
なぜこんな事が、まるで、魔物より残酷な……」
恐ろしい光景が数多眼前にまざまざと蘇り、戦慄く少年の目と古竜のそれが深く交わった。
刻んだ時の流れだけが長い永い河としてふたつの間に横たわっていたが、
その水面に同じものを映してきたに違いなかった。
「其は世の常、と――幼し汝すら何れにか知らんや人の定なり。」
「では分からないうちに済ませなければなりません。
僕の耳は人々の悲鳴を聴き、僕の目は現実を見た。」
「ただ一つの真実を。」